「かっねもっとクンッ!」
弾むような声に振り返る。帰り支度を済ませて、ちょうど席を立とうとしたところだった。
背後には、両手を後ろに組んで少し前屈みに乗り出す少女。四匹の羊で飾られた上品なヘアピン。
「ちょっと付き合わない?」
「? 何?」
「サーカス見に行かない? ほらっ テレビでもCMやってるでしょ?」
言われて聡も思い出す。
サーカスと言ってもかなり大規模なエンターテイメントで、その技術もさることながら、演出にもかなり金がかかっているらしい。
だが……
「それって、始まるの来週じゃねぇ?」
なぜ夏休みが開けてから始まるのかは不明だ。
日本の夏休みは西洋より短い分、短期間でガッポリ稼げると聞いたことがある。
まぁ このイベントは春までの長丁場。途中にクリスマスも正月もあるワケだし、世界的なエンターテイメントならあまり関係はないのかも。
何よりサーカスなんて、半日もあれば十分だ。むしろ夏休みに他の行楽地やら旅行会社と客を取り合うよりも、気候の落ち着いた秋に興行を始めた方が集まりやすいのかもしれない。
なんてコトをぼんやりと考える聡に向かって、少女がニンマリと笑う。
「関係者だけのスペシャルイベントっ! 招待チケットがないと入れないのよ」
ピッと立てる人差し指。少女は実に自慢気だ。
「俺、そんなの持ってねーよ」
「大丈夫。金本くんの分も用意してあるから」
「はぁ?」
「パパが貰ってくるのよ」
なるほど。親か。
「サーカス、嫌い?」
「嫌いじゃねーけど」
「じゃあ、決まりねっ!」
半ば強引に決めてしまおうとする女子生徒の口に、グイッと右の掌を向ける。
「わりぃけど、無理」
「なんで? 用事でもあるの?」
「俺は毎日、放課後は予定あり」
その言葉に、少女は露骨に眉をしかめた。
「ひょっとして、大迫さん?」
「当然」
途端に口元を歪める。
「喧嘩してるんじゃないの?」
「別にそんなんじゃねぇ〜よ」
………と、願いたい。
「うそっ! 今朝の様子だと、仲悪そー」
「勝手に決めるな」
フイっと視線を逸らし、背を向ける。その行く手に女子生徒がまわり込む。
「なによっ! ホントは喧嘩してるんでしょ? あんなの、やめちゃえばいいのにっ!」
「そんな言い方するな」
不機嫌そうに睨み下ろされ、少女の怒りは更に増す。
「なによっ!」
「まぁ うるさいわねぇ〜」
気取った声が会話を遮る。少女の横で、別の少女が腰に手を当てフンッと笑った。
「何がサーカスよ。あんなモノ、獣臭くって冗談じゃないわ」
明け透けに貶すと、チロリと聡を見上げる。首の傾げ方一つにも、こだわりがありそうだ。
その、ほぼ完璧に決まったと自分では思い込んでいそうな視線の照準をピタリと聡に合わせ、ゆったりと口元を綻ばせる。
「そんな遠まわしなお断りでは、鈍感な彼女には伝わりませんわ。サーカスなんて下品な催し、行きたくないとはっきりおっしゃればよろしいのに」
「いや、別にそういうワケでは」
彼女の態度にある意味慄く。
そんな聡に、少女は見た目品良く笑った。
「まぁ さすが金本くん。お優しいですわね」
そう言って、徐に左手を伸ばした。薬指には珊瑚の指輪。
「そんな金本くんと、見晴らしの良いティールームでスリランカ紅茶が楽しめたら、最高ですわ」
「スリランカ?」
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